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©2008 The Yomiuri Shimbun.

これは就活の冊子ですが、ここ何年か「お仕事」関係の依頼がわり合いあって、会社環境に突入する男女のためのガイダンスのような記事を良く読んだりします。その中に必ず、新しい環境での人間関係をアドバイスしようという内容のものがあったりして、これを読み比べるとけっこう面白いことに気づきました。

最初は、先輩や同僚にはいろんなタイプの人がいるなと感心したり「上司を手玉に取る方法」をホントかあ?と疑ったり、そうことを当事者でもないのでへらへら気軽に読んでたんですが、読み比べてるうちにタイプ分けのパターンが見えてくるんですね。考えてみれば「タイプ」というからにはそのバリエーションは数種類に絞られてるわけでして、世の中そうとう複雑なはずなのに限定された数種類で説明してるのがずいぶん気になってくるんです。

だとすれば、複雑すぎるこの時代逆に人付き合いも素でやってると煩わしくなる一方で、そういう場ではキャラクターを演じるのがあたり前になっていて、という理由で人間によって演じられるキャラが数種類あるだけ、ってふうに考えた方が何だか自然じゃないかという気がしてきました。つまり、こういう演技はこう解釈しよう、こう演じ返そう、というアドバイスに見えてくる。星占いを読んでてもこんな入り組んだこと思いませんでしたけど…。

みんながみんな空気を読む時代ってこういうことなんでしょうかね。これをコミュニケーションの進歩と称揚するのか衰退と嘆くのか、はたまたある限定された状況でのみ活用すべき知恵と捉えるかで、この先楽しくやってけるかどうかの分かれ目のような気さえしてきます。なるほどそういうガイダンスも、もうすでにありそうな気がしてきました(笑)

それで思い出したんだけどKYについての論調で、これは空気が読めない人を排除するのが最近の若者の風潮で、その現れであるKYという言葉が流行るのは空恐ろしい、空気を読めという同調圧力だって心配してる人がどうやら多い。戦前の日本と似ているとまで言ってる人もいるみたい。むしろKYで良いじゃないか、多様性を受け入れよ、ということに話は帰結するけど、それはそれで賛成だが、それほど心配しなくてもと思ったりします。

最近の「空気読めよー」は以前とは違い、KYというイニシャル表現が成立した時点で、すでに空気が読めない状態を容認しながらおちょくってるニュアンスの場合が多く「おまえKYだなあ」とか「さっきおれKYだったよ」という使い方にも、KYな他人も自分もまとめて許容できてる大らかなコミュニケーションの現れを感じる。だからKYってむしろ、気が楽になる便利な言葉だと思うは私だけでしょうか。イニシャル表現自体には抵抗あるけどね。
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