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70年代なかば映画のチラシ集めがブームとなり、映画館に潜り込んでは映画を見ずにチラシだけをくすねてくる男子中学生が多数現れて、いいかげん困った現象だとニュースでも取り上げられたりしたことがあります。ぼくもそんなチラシ少年の一人でした…と何もノスタルジックに語るほどのことでもないんですが、そういう映画関係のポスターやチラシといった媒体で、アメリカのイラストレーションや人為着色に魅了されました。

同じころ講談社フェーマススクールズの通信教育の教材で紹介されていた、ボブ・ピーク、ベン・シャーン、ノーマン・ロックウェル、フランクリン・マクマホン、ドン・キングマンといったアメリカのイラストレーターの名前を知って興味を持ち、ソール・バスやモーリス・ビンダーというタイトルバックのデザイナーもついでに知って行くうちに、何となくグラフィックデザインにも興味を持ったりして、そういう印刷物のファンになったわけです。絵は描いてましたが、描くことはそれほど好きではなく見たり集めたりする方が10倍好きというか、まあマニアとはそういうもんだと思います。その前に知っていた日本のイラストレーターといえば、星新一の装丁をやっていた真鍋博と和田誠だけだったかも知れません。

で、その後日暮修一や灘本唯人のイラストを切り抜いて「ノストラダムスの大予言」のノストラダムスと一緒に部屋の壁に貼り、なんとなくあごに手を当てながらフムフムとか言って満足してたんですが、そのうちにこれらは本物の絵じゃないけど面白いなあと時々思うようになります。今考えればデザインからイラストレーションを切り離して飾ってたんですね。日暮修一はポール・モーリア、灘本唯人は女性の横顔、それとノストラダムスです。ふと思い出して定期購読していた映画雑誌「ロードショー」を拾って、スターの似顔絵コーナーに投稿されたとってもうまい素人の似顔絵と比べると、ロードショーの方にはうまいんだけどぼんやりと素人を感じ、逆に壁に貼ったポール・モーリアと女性の横顔には素人の感じがありませんでした。ノストラダムスだけよく分かりませんでした。

しばらくしてこの似顔絵コーナーに自分も投稿します。最初はピーター・フォークの顔をアップで描きました。コロンボが好きだったので、ボロのコートを着て葉巻を持った手を額にあて「チリね、うんと辛くして」と言っているシーンを描いたんですが、アップなのでコートは袖の部分しか画面に入っておらず、その部分だけでボロの感じが出るよう工夫しました。その作品が落ちたので、次の号に刑事コジャックのテリー・サバラスを描いて出しました。コロンボのときにコートの袖を必要以上に描き込んでしまった反省から、今度は描き過ぎないようにしたのですが、コジャック自体まったく好きではなかったため、イマイチな感じは送る前からしてました。今思えばこれが最初のコンペティションの経験です。

イラストファンとしての原体験を前置きで書こうと思ってたら、めちゃくちゃ長くてしかも不可解な話になっちゃいました。というかぜんぜん原体験じゃないような気もしますけど。切り抜いたり壁に貼ったりできるようなこんな出会い方も、イラストレーションがマスメディアだからこそですね。とにかく「日本イラストレーション史」という特集を組んだ美術手帖がただ今発売中です。お話をいただいた時はあまりにも無謀な企画で冗談かと思ってたら、半月ほどして言い出しっぺの福井真一さんから冗談ではありませんと言われ血の気が引きましたが、僭越ながら監修と執筆をなんとか遂行できました。資料性の高さは保証しますので、カルチュラル・スタディーズのお供にぜひお買い求めくださいー。

美術手帖のサイトはこちら
多分ひとつはアート、もうひとつはイラストレーションをテーマにギャラリートークを行います。なぜ多分かというと、一方はアートスペースもう一方はイラストレーション系ギャラリーとされている場所だし、展覧会の性質の違いからしても当然そうなるだろうと思ってるからです。

去年もアートとイラストレーションの話題を行き来するような、80年代をテーマにした対談をやりました。こうしたテーマは誤解を招きやすいことも未だ多いようなので、対談前には自分の立場も含め極力説明をさせてもらってます。アートやデザインやイラストレーションやその他について、その前提の共有なしに議論を繰り返している状況もまだまだ多く、これについてはいささか注意が必要だと思ってるので。

少しめんどくさいのですが、作り手と作品をとりまく制度や文脈、その機能、内省面等々を、例えば「アート」と「イラストレーション」という言葉のうちに定義すれば、そもそも位相の違う概念であることがある程度はっきりするし、その上で自覚的に話し合った方が楽しいと思います。これはその言葉の意味として何が正しいかではなく、話し合うなら同じ意味を共有しようという提案です。
ということで、このくらいは説明しないと変な反発、あるいは共感をされたりする恐れがあるので(笑)以上前置きでした。

 
「花と夢」市川健治展 6月27日(木)19:00~ ※こちらは終了しました
吉祥寺 Art Center Ongoing:地図

 
「FRIENDS」絵を描く教室16人展 7月5日(日)16:00~ ※こちらも終了です
神宮前 PATER’S Shop and Gallery:地図



例によって告知が遅いんですが、渋谷にあるたばこと塩の博物館で「私の句読点」という展覧会が始まりました。公園通りのパルコの先を登ってNHKの方までお出かけの際はぜひお立ち寄りください。ちらしのデザイン和田誠さんです。

それはさておき、ここの前回の企画が「デザインの力_たばこにみる日本デザイン史」というもので、これが資料性に富んだとっても楽しい展覧会だったので、それについてちょっと書きます。明治初期の貴重な刻みたばこの現物や植民地時代を彷彿させるアメリカン・タバコのポスターから始まって、当時のたばこメーカーの宣伝合戦や印刷技術と図案との関係、代表銘柄のデザインの推移や売り上げ記録が、小咄のようなエピソードを織り交ぜながら展示され、飽きないように良く工夫してるなあと感心するのもつかの間、大戦後の占領期を脱してからがまた長く、有名輸入たばこのポスター、レイモンド・ローウィピースのデザイン版下や、さまざまなパッケージデザインのコンペの経緯やボツ案、採用理由なんかも細かく説明されてたり、大阪万博の専売公社のパビリオン「虹の塔」にもコーナーを設け記録映像や模型で言及したり、高度経済を象徴するような各種記念たばこのグラフィック、60〜70年代のショッポやハイライト、セブンスターからキャスターといった広告媒体を含む隆盛期まで、途中で閉館時間が過ぎてしまい結局続きを見るのに三回通ってしまうほど内容の濃い展覧会でした。こうした説得力は本家本元こそが持ちえるリソースの賜物ですね。ただしスペースの関係で割愛された情報がかなりあると思いますから、その意味ではこの展覧会はダイジェストだったんでしょう。それにしてもこれで入館料100円というのは安すぎます!(褒めちぎっておりますがJTに肩入れをする謂れは特にありませんw)



これ展示中の私の作品。
現行「私の句読点」もどうぞよろしく。
 

※終了しました。関係者みなさまお疲れさまでした。

急遽!でもないか。5月2日の土曜日「1-8-2」というイベントでライブペインティングやります。またもや「絵画部」として参加するんですが、他の参加者の顔ぶれもかなり豪華なのでこちらをぜひご覧ください。モバイル版

ライブペインティングは久しぶりで90年代の半ばくらいまで良くやってましたが、そういえば最近は見に行ってばかりでした。今回は一部員として参加するので割り当てられる面積はそんなに大きくないだろうし、掛かる責任も大きくないはず。とはいえ油断はせずにしっかりやるつもりです。ちなみに絵を描くことが「絵画部」の主目的ではなかったのですが、現在の流れではそうなってますね。

場所は新宿区の大久保です。この場所っていうのがどうも東京宣伝美術社という映画などの看板を手がけている会社の自社ビルで、CETと並ぶくらい興味をそそるロケーションです。看板屋さんということでジェームス・ローゼンクイストみたいな感じで描ければと思いましたが、芸風が違うので多分そうはなりません。明日下見に行くので現場をちょこっと撮ってきます。

2009/5/2「1-8-2」@東京宣伝美術社

場所:東京都新宿区大久保1−8−2東宣ビル/地図

時間:17:00〜23:00

料金:2000円/special food有り

 

下見行ってきました。職安通り沿いのとても赴きのあるビルでした。外観も渋いけど中がまた素晴らしい。看板を描くための機能に満ちた空間からは、プロの仕事の余韻をひしひしと感じます。やああ、それにしても天井高いなあ。

©2009 ASPECT

80年代を振り返ることがちょっとしたブームのようです。日本のグラフィックデザインや広告の世界では、80年代って今振り返るとその特殊な感じが分りやすいのか、この時代の写真やイラストレーション、コピー等がメディア論や社会学的にも良く取りざたされます。豊かな経済が背景にあって商品の機能を説明しなくても皆がそれを欲しいと思えた時代に、広告界がイラストレーションにも「むずかしい説明はいらないよ」という、ある種の「気分」あるいは「記号」的役割を求めたことで独特な一時代をつくりました。

もちろん全てのイラストレーションがイラストレーターによって描かれているわけではありませんが、カルチュラルな情報を表現者が握ることで時代をリードし黄金期を築き上げた70年代のイラストレーションとは違い、さまざまな既存のイメージを融合させたり、描きたいことを限界まで進めデザインから逸脱したように見えたり、そうした実験的というか何でもありというか、とにかく無数の表現が媒体を縦横に飛び交っていたのが80年代でした。そしてイラストレーションや、イラストレーターという職業にひとまとめのイメージがあったのも、この時代までだったと今振り返って何となくそう思えます。

さてこの本では、この時代を席巻した「ヘタうま」という現象について中ザワヒデキ氏と私が対談をしています。「ヘタウマ」ではなくカタカナ+平仮名の「ヘタうま」で元祖はテリー・ジョンスンです。この中での私の意見は、「ヘタうま」の意味がずいぶんと広がったことで、つまり本来の核心部分を捨てていくことと引き換えに、「ヘタうま」はポピュラーになっていったというものです。逆に意味の難しさやきわどさを残したままでは、とてもあそこまでは流行しなかったと考えます。これに対して中ザワ氏の意見は「ヘタうま」をもう少し広く別角度から捉えたユニークなものとなりました。

この「ヘタうま」を始めとする80年代の現象が私たちに与えた影響ははかり知れなく、各分野の後進の表現者がさまざまなトリビュートを寄せていて、この本の楽しみのひとつとなりました。掲載された図版もきれいで通なものばかり。なかなかに贅沢な一冊となっております。最後に、この本のイラストレーションは確かに80年代のものに違いありませんが、イラストレーターご本人は今も現役で活躍してる方ばかりなのでお間違えのないように。

※出版を記念してトーク&サイン会がおこなわれます!

日時:2009年3月19日(木)19:00−20:00

場所:NADiff a/p/a/r/t 地図

出演:スージー甘金(イラストレーター)
  :中ザワヒデキ(美術家)
  :小田島等(イラストレーター、デザイナー)
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